40才過ぎのサラリーマン男性。大手企業のコンピューターソフト設計開発業務の担当。
2ヶ月前より、頭部に円形脱毛斑が出現。その後、脱毛斑が多発して拡大してきている。
診察室での会話。
患者「先生、ここも、ほら、ここも、抜けてるんです。」
私「夜はよく眠れますか?」
患者「夜、2、3回、目を覚ますことがありますね。」
私「いろいろとストレスがたまっているんでしょうね?」
患者「いや、ストレスはありません。」
私「でも、疲れが大分たまってるんじゃありませんか?」
患者「でも、夜は早く寝ていますし、休日も時々ゴルフで発散してますから。」
私「じゃあ、なんで毛が抜けてきちゃったんでしょうかねえ?」
こういう会話は結構多いんですよ。
患者さんも、物分かりのよさそうな、それも紳士が多いんです。
仕事柄、設計開発という頭をすごく使う仕事であり、締め切り(納期)に追われて、プレッシャーを感じながらやる仕事であり、上司と部下に挟まれて、いろいろと気を使う中間管理職であるかもしれないし、家庭でも家庭サービスをしっかり要求されているかもしれないし、休日のゴルフも接待ゴルフかも知れません。
そういう状況を想像してみると、「ストレスはありません。」という答えが非常に奇異に感じられます。
こういう方を「失感情症」というのです。
本当は、ストレスでいっぱいなのに、それを充分に感じられない。
又は感じているんだけれども、それを言葉にできない。
感情を伴った言葉として、本人の口から出てこない、という状態です。
教科書的に言うと
1)想像力が貧困で、心的葛藤を言語化することができない。(自分の気持ち、感情をうまく表現できない。)
2)事実関係をくどくどと述べるが、それに伴う感情は表出しない。(会社のこと、他人のこと、目に見える事の解説はよくするが、自分の考えはしゃべらない。)
3)面接者との交流は困難であるが、社会適応は過剰適応と言えるぐらいに適応する。(人付き合いが良く、好人物との評価を受けることが多い。)
という状態の事をいいます。
そして実は、いろいろな「心身症」とこの「失感情症」が密接な関係にある、ということが言われているのです。
皮膚科領域のさまざまな病気を持っている患者さんと話をしていると、こういうタイプの人が非常に多いことに気づきます。
考えてみると、今の世の中、自分の気持ちを口にすることは、タブーとは言いませんが、あまり他人には好まれないのかも知れません。
「皆と同じであることが良い」という時代、「ブランド志向」の時代、こういう時代の一つの産物なのかなあ、という気もします。