患者の話を聞き、心のありようを診る
茨城県日立市にある代表的な総合病院で、皮膚科を担当する行木弘真佐さん(44才)は、1990年ごろから心の状態とアトピ-の症状との関連に注目し、治療に生かしている。
いまでは、県内ばかりでなく、福島など近県からも重症のアトピー患者が通院する。
これまで自分の内面を見つめるための絶食療法、催眠誘導などの新たなアプローチを試みてきた。中国医学も勉強し、漢方を治療に取り入れた。
その結果たどりついたのは、「あたりまえの治療」だという。
「とにかく、患者さんの不満や訴えにじっと耳を傾ける。困っていることにはアドバイスする。そして、漫然とした長期の連用で副作用を起こす危険性のあるステロイドは避け、それ以外の塗り薬、かゆみ止めの抗アレルギー剤、漢方薬などを出すという、こく普通の治療です」。
3分診療がまかりとおり、患者は言いたいことも言えないうちに診察が終わってしまいがちの医療の世界で、この「あたりまえの治療」は、基本に立ち返るものだ。
「患者さんの表情、姿勢、しやぺり方、語す内容、一挙手一投足をじっと眺めて、この人はどんな生活をしているのかな、どんな性格なのかな、と考えながら皮膚の状態を見る。すると、いろんなことがわかってくるんです」。
治るもウソ、治らないもウソ
病院を転々としても治らない。患者は、治したいのに治らない辛さに苦しむ。
「患者さんから、治るんですか、治らないんですか?」と聞かれたとき、「こうやれば治る、という方法はないんだ」と、まずわかってもらうようにしています。
「治るか治らないかなんて、誰にもわからない。だったら、治らないと思って暗くなるより、治るかもしれないと思って生活したばうがいいでしょう」と、アドバイスします。
一つの方法では治らないということは、逆に言えば、一人ひとりに違った治っていくための手だてがあるということだろう。
それを患者とゆっくり話し合うなかで見つけていこうというのが、行木さんの基本的な姿勢だ。
症状が悪くなると、患者は早くよくなりたいとあせる。
しかし、これだけ世の中で騒がれていて、しかも決定的な治療法が見つからない病気が、すぐに治るわけはない。
「一刻も早く治したいという気持ちと、客観的に見てそんなにすぐよくなるわけがないという事実、この二つは相矛盾しますよね。
でも、僕は患者さんにこの矛盾を受け入れてもらおうと思っている。早く治りたい気持ちもわかるけど、あせってやってもロクなことはない。ゆっくりやろうよ」って。
「ぼくの役割は希望の小窓を開いてあげること。希望さえあれば、そこに向かってがんばっていけるんですよ」
3カ月でダメなら半年、半年でダメなら1年と、患者さんを引っ張っていく。
そのうち、よくなったり、悪くなったりを繰り返しながら、よいときの時間が長くなる。そして、本当に出なくなってきたねという状態になるケースがけっこう多いようだ。
病気は患者自身が治すもの
ただし、こうした治療を続けていくと、患者が医師に対して依存的になる場合がある。
「病休を認める診断書が切れる直前になると、症状が急に悪くなる患者さんがいたりするんですよ。そんなときは、どうしてそうなるのかを気づかせ、突き放すようにしているんです」
行木さんは、医師の仕事は病気を治すことではない、と言う。
「病気は誰のせいでもない、患者自身の問題。症状をコントロールするのは、医師ではない。親でも、まして薬でもない。
要は、自分で自分をコントロールできるようにしていくこと。僕の仕事は、あくまで患者さんを安心させ、希望をもって症状の改著に取り組めるようにすることなんです」
治療法はきちんと説明する。
病気についての考え方を聞かれれば、いくらでも話す。
でも、「最後に選び取るのはあなた自身なんですよ。病気を治すのはあなたなんですよ」という姿勢は崩さない。
あれやこれやと迷いが生じたり、経済的な負担がかからなければ、患者の希望する民間療法も認めている。
また、ドクターショッピングをどんどんして、病院で選ぶのではなく、自分に合った医師を探すように勧める。
ただ一つ禁じているのは、何かをアトピーのせいにすること。
「たとえば、試験が近いとストレスで症状が悪くなる。だけど、むちやくちやにかきむしって、血だらけになっても、がんばらなきやいけないときはあるんです。そういうとき、アトピーでかゆくてかわいそうと、病気に逃げこませてはダメなんですよ」
病気から逃げず、自分の病気と向き合う。
そのサポートを医師がする。
医師は、ある治療法を勧めるのではなく、さまざまな治療法についての客観的な情報を提供し、そのなかから患者自らが治るための道を選び取っていく。
そこには、本当の意味でのインフォームド・コンセントがあった。
(アトピーが苦にならなくなる本:学陽書房:1995)