私は今まで約22年間に亘って、医者としていろいろな皮膚病の診療に携わってきました。
今回は、その中で非常に劇的な経験をした患者さんについて話してみたいと思います。
私はその当時、アトピー性皮膚炎の治療方法として「絶食療法」を盛んにやっておりました。
「絶食療法」とは一つの内観療法で、絶食をしながら自分自身を良く見つめなおす、そういう治療法です。
具体的には、入院して個室で、一日点滴一本、水以外はまったく食事なし、テレビ、ラジオ、新聞なし、面会は私が一日に三回部屋にいって少し話しをしたり、聞いたりするのみ、の生活を10日間して、その後5日かけて普段の生活に戻す、という方法です。
この10日間は想像以上に苦しいですが、その間に自分の事、親の事、兄弟の事、をいろいろ考えてみましょう、と仕向けるわけです。
患者さんは当時20才の、アトピー性皮膚炎に悩む女の子でした。名前を仮にA子さんとしておきます。高卒で、高等看護専門学校の学生さんでした。
A子さんは、顔面から首、腕にかけて赤くただれて腫れて、なかなかよくならない状態がずっと続いていました。
A子さんは根っからの頑張り屋であったためか、なんなく、この15日のうち14日を終えました。
「明日で終りだね、よく頑張ったね!」とでもいってあげようと部屋に入っていくと、A子さんはポツンと言いました。
「先生、私、今の看護婦学校をやめようと思っています。」
「何で?」
「私が看護婦になるのは私の希望ではなく、母の希望なんです。だから、看護婦には なりません。」
「それは、お母さん、悲しむだろうね?」
ちょっと間を置いて「仕方ありません。」と。
それから数日後、母への告白を終え、学校への報告を終えて外来でA子さんにあったときのサッパリした表情は今も忘れられません。
顔や首の赤みやかゆみも大分引けていたことはいうまでもありません。
A子さんの心の中に絶食期間中に何が起こったのか、そんな事は分かりません。
絶食療法はたまたまのきっかけを作っただけなのかも知れません。
私が素晴らしいと思うのはA子さんが、自分から進んで自分自身と向かい合った、と言う事。
A子さんが、自分の心の中にある葛藤と戦った、と言う事。
A子さんが、自分の力で自分の道を歩き始めた、と言う事。です。
「病気が治る」と言うのは、こういう事を言うのかもしれないと、つくづく思ったのを今、改めて思い出しています。